BARBARA追記 ― 2019年01月01日
バルバラ 追記
映画の中でバルバラを演じるのは、役柄がブリジットという女優、ブリジットを演じる女優がジャンヌ・バリバール。本当のバルバラとバルバラを演じるブリジットとブリジットを演じるバリバール。どれもがバルバラであり、真実のバルバラであった。真実とフィクションの境が分からなくなってしまう。雪酔いのような頭が気分よくくらくらする。
映画の中でバルバラを演じるのは、役柄がブリジットという女優、ブリジットを演じる女優がジャンヌ・バリバール。本当のバルバラとバルバラを演じるブリジットとブリジットを演じるバリバール。どれもがバルバラであり、真実のバルバラであった。真実とフィクションの境が分からなくなってしまう。雪酔いのような頭が気分よくくらくらする。
ムンクとは誰か ― 2019年01月03日
昨年末、上野公園・東京都美術館で開催されている「ムンク展」に出かけた。晴れた日の上野公園、枝に残った銀杏や椋木の枯葉がキラキラと輝いている。東京の冬はいつだってキラキラだ。
ムンクは、言わずと知れた「叫び」の作者だ。たぶん、ムンクを知らなくても「叫び」を知らない人はそう多くはいないと思う。それほど有名な「叫び」。100年も前にムンクによって描かれた。しかも4枚も!その叫びが一挙公開。これは一目見ておかなければ、好奇心と野次馬とそして本物を観たいという強い関心、そのどれもが重なって上野へ出かけた。
ムンク展も後半戦に入って人気もさらに高まり、見学者も多いと聞き、朝一番で出かけた。
結構な人気、大勢の見学者、暗い館内。どうも日本の美術展は気に入らない。まず、人が多すぎる、次に暗い。人が多すぎるのはともかくとして、暗いというのは、なぜだろうか。絵を見やすくするため? 欧米の美術館は、こんなに暗くない。自分の持つ本の文字も読めるし、スケッチもできる。・・・・・
ともかく、「叫び」を眺めることができた。
101点ある展示作品のなかで気に入ったのは、「黄色い丸太」
作風は同じであるが、イメージがムンクらしくなく、躍動的。表題「躍動する風景」のなかの一作品として展示してあった。
1月20日まで 東京都美術館 東京上野公園
ムンクは、言わずと知れた「叫び」の作者だ。たぶん、ムンクを知らなくても「叫び」を知らない人はそう多くはいないと思う。それほど有名な「叫び」。100年も前にムンクによって描かれた。しかも4枚も!その叫びが一挙公開。これは一目見ておかなければ、好奇心と野次馬とそして本物を観たいという強い関心、そのどれもが重なって上野へ出かけた。
ムンク展も後半戦に入って人気もさらに高まり、見学者も多いと聞き、朝一番で出かけた。
結構な人気、大勢の見学者、暗い館内。どうも日本の美術展は気に入らない。まず、人が多すぎる、次に暗い。人が多すぎるのはともかくとして、暗いというのは、なぜだろうか。絵を見やすくするため? 欧米の美術館は、こんなに暗くない。自分の持つ本の文字も読めるし、スケッチもできる。・・・・・
ともかく、「叫び」を眺めることができた。
101点ある展示作品のなかで気に入ったのは、「黄色い丸太」
作風は同じであるが、イメージがムンクらしくなく、躍動的。表題「躍動する風景」のなかの一作品として展示してあった。
1月20日まで 東京都美術館 東京上野公園
赤い大公 ハプスブルグ家と東欧の20世紀 ― 2019年01月04日
赤い大公ハプスブルグ家と東欧の20世紀
21世紀になって20年が過ぎようとしている。100年前の今頃、何が起こっていたのだろうか。19席末から20世紀初頭にかけて、バルカン半島をはじめ、ロシア革命への序章、中央ヨーロッパにおける大きな変革の動き、この時期まだ700年続いたハプスブルグ王朝は健在であった。中央ヨーロッパにおける支配地域での民族問題を乗り越えつつ、ハプスブルグ家は、さらに長く続くものと王家の人々は考えていた。「赤い大公」は、この時代のハプスブルグ家の一員で、ウクライナにハプスブルグ王国を築こうとしたヴィルヘルム・フォン・ハプスブルグの物語だ。歴史家ティモシー・スナイダーが描いたハプスブルグの物語、ヨーロッパのもう一つの歴史を読み解くことができる。
ヴィルヘルムの「敵の敵は味方」の発想でナチス・ドイツに近づき、ポーランド分割でウクライナが果たした役割、戦後、ウイーンで反ソ活動がもとでソ連秘密警察に拉致されモスクワで処刑されるまでのいきさつ。中央ヨーロッパ、東ヨーロッパの20世紀の激動が鮮明に描かれている、
『赤い大公 ハプスブルグ家と東欧の20世紀』ティモシー・スナイダー著
池田年穂訳 慶応義塾大学出版会刊 ¥4600
21世紀になって20年が過ぎようとしている。100年前の今頃、何が起こっていたのだろうか。19席末から20世紀初頭にかけて、バルカン半島をはじめ、ロシア革命への序章、中央ヨーロッパにおける大きな変革の動き、この時期まだ700年続いたハプスブルグ王朝は健在であった。中央ヨーロッパにおける支配地域での民族問題を乗り越えつつ、ハプスブルグ家は、さらに長く続くものと王家の人々は考えていた。「赤い大公」は、この時代のハプスブルグ家の一員で、ウクライナにハプスブルグ王国を築こうとしたヴィルヘルム・フォン・ハプスブルグの物語だ。歴史家ティモシー・スナイダーが描いたハプスブルグの物語、ヨーロッパのもう一つの歴史を読み解くことができる。
ヴィルヘルムの「敵の敵は味方」の発想でナチス・ドイツに近づき、ポーランド分割でウクライナが果たした役割、戦後、ウイーンで反ソ活動がもとでソ連秘密警察に拉致されモスクワで処刑されるまでのいきさつ。中央ヨーロッパ、東ヨーロッパの20世紀の激動が鮮明に描かれている、
『赤い大公 ハプスブルグ家と東欧の20世紀』ティモシー・スナイダー著
池田年穂訳 慶応義塾大学出版会刊 ¥4600
ルーベンスってすごい! なにが? ― 2019年01月05日
そうそう、ムンク展と一緒に国立西洋美術館で開催されている「ルーベンス展」も観てきました。せっかく、上野に行くのですから、次いでといっては怒られてしまいますが、ついでに入りました。 ご存知、ルーベンスは、バロックの神様、いやバロック時代に神様の絵画をたくさん描いたことで知られています。当時画家は、貴族、王族、教会にやとわれた職人世界。なぜ、ルーベンスの名前が知られているかといえば、ルーベンス以前とルーベンス以降とでは、絵画の作風が全く違う。それほどルーベンスは、のちの画家に影響を与えた人といわれています。
肖像画も、教会絵画も風景画もみんなルーベンスの影響を受けていた。確かにヨーロッパの各都市の美術館に行くとルーベンス張りの絵画ばかりが目につきます。
ルーベンスってすごいんだ。という印象は与えてくれる美術展でした。
1月20日まで 上野公園 国立西洋美術館にて開催。
肖像画も、教会絵画も風景画もみんなルーベンスの影響を受けていた。確かにヨーロッパの各都市の美術館に行くとルーベンス張りの絵画ばかりが目につきます。
ルーベンスってすごいんだ。という印象は与えてくれる美術展でした。
1月20日まで 上野公園 国立西洋美術館にて開催。
カチンの森 ロマンチックでない話 ― 2019年01月06日
カチンの森
カチンの森は、今も解決しないまま続いている。
カチンの森について初めて知ったのは、藤村信が「パリ通信」(1970年代から80年代にかけ岩波書店『世界』に不定期連載)のどこかで書いたことによる。
1939年ナチスドイツのポーランド侵攻によって始まった第二次世界大戦。ポーランドは、ナチスドイツとソ連邦によって分割され国家を失った。ポーランド市民たちは、分割したそれぞれの国によって捕虜となり、収容所に送られた。1040年4月から5月にかけてソ連内務人民委員部(通称秘密警察)は、2万5000人のポーランド市民を銃殺した。陸軍将校、知識人、幹部公務員などのポーランドの指導者階級であった。この事件は、すぐにナチスドイツの進攻により発覚、ナチスは、ソ連の仕業と公表するが、ソ連は、ナチスドイツの仕業と喧伝。連合国側であったソ連に同調し、イギリス、アメリカは、この事実を隠蔽、ナチスの仕業とした。スターリンの指示による銃殺であったことが明らかであるにもかかわらず、連合軍は、蓋をした。戦後、ソ連圏に組み込まれたポーランドでは、ソ連を追求することもできず、冷戦終結を迎えた。しかし、ペレストロイカ、グラスノスチを推進し、冷戦終結を行ったゴルバチョフも隠蔽を図った。理由は、共産党の最高指導者(スターリン)が指示したことが明るみに出てはならないという意識に固まっていたためだ。
教訓 国家は市民を守らない。
著者ヴィクトル・ザスラフスイはレニングラード生まれのロシア人、1975年にソ連を出て、アメリカ、イタリアで政治社会学の教鞭をとる。本書は、イタリア語で書かれた本の翻訳である。
訳者あとがきが充実し、とても分かりやすく分析されている。あとがきだけでも読む価値はある。
『カチンの森 ポーランド指導階級の抹殺』
ヴィクトル・ザスラフスキー著 根岸隆夫訳 みずず書房刊 2010年
カチンの森は、今も解決しないまま続いている。
カチンの森について初めて知ったのは、藤村信が「パリ通信」(1970年代から80年代にかけ岩波書店『世界』に不定期連載)のどこかで書いたことによる。
1939年ナチスドイツのポーランド侵攻によって始まった第二次世界大戦。ポーランドは、ナチスドイツとソ連邦によって分割され国家を失った。ポーランド市民たちは、分割したそれぞれの国によって捕虜となり、収容所に送られた。1040年4月から5月にかけてソ連内務人民委員部(通称秘密警察)は、2万5000人のポーランド市民を銃殺した。陸軍将校、知識人、幹部公務員などのポーランドの指導者階級であった。この事件は、すぐにナチスドイツの進攻により発覚、ナチスは、ソ連の仕業と公表するが、ソ連は、ナチスドイツの仕業と喧伝。連合国側であったソ連に同調し、イギリス、アメリカは、この事実を隠蔽、ナチスの仕業とした。スターリンの指示による銃殺であったことが明らかであるにもかかわらず、連合軍は、蓋をした。戦後、ソ連圏に組み込まれたポーランドでは、ソ連を追求することもできず、冷戦終結を迎えた。しかし、ペレストロイカ、グラスノスチを推進し、冷戦終結を行ったゴルバチョフも隠蔽を図った。理由は、共産党の最高指導者(スターリン)が指示したことが明るみに出てはならないという意識に固まっていたためだ。
教訓 国家は市民を守らない。
著者ヴィクトル・ザスラフスイはレニングラード生まれのロシア人、1975年にソ連を出て、アメリカ、イタリアで政治社会学の教鞭をとる。本書は、イタリア語で書かれた本の翻訳である。
訳者あとがきが充実し、とても分かりやすく分析されている。あとがきだけでも読む価値はある。
『カチンの森 ポーランド指導階級の抹殺』
ヴィクトル・ザスラフスキー著 根岸隆夫訳 みずず書房刊 2010年
街の食生活が変わってきたのかな ― 2019年01月08日
都市郊外の小さな駅前なのにおしゃれなパン屋さんが開店した。その数か月前には、向かいにやはりおしゃれなベーコン専門店(?)が開店している。ベーコン専門点なんて大都会のおしゃれな住宅街に隣接する商店街ならいざ知らず、なんでこんな町に。なんて思っていたら、パン屋さんは、なんと食パン専門店、食パンしか売っていない。
どうやら世間では、食パンが流行っているらしい。ご飯を食べる人が減って食パンがブーム???
私は、近所(50m)ほどに若夫婦がやっている小さなパン屋さんがあって、そこで作っている「パン・ド・カンパーニュ」258円を月に2,3回、買ってきていただいてます。美味しいですよ。
どうやら世間では、食パンが流行っているらしい。ご飯を食べる人が減って食パンがブーム???
私は、近所(50m)ほどに若夫婦がやっている小さなパン屋さんがあって、そこで作っている「パン・ド・カンパーニュ」258円を月に2,3回、買ってきていただいてます。美味しいですよ。
ベーコン屋さんはこんな感じ ― 2019年01月08日
ベーコンは美味しい。大好きだ。
でも、この3年、ベーコンを食していない。医者に止められている。
本当に残念だ。
ベーコンが食べた。美味しいベーコンが食べたい。
でも、この3年、ベーコンを食していない。医者に止められている。
本当に残念だ。
ベーコンが食べた。美味しいベーコンが食べたい。
今日は一日パンのことを考えた ― 2019年01月08日
お家の至近にパン屋さんがある幸せ。しかも手作りパン屋さん。歩いて1分。毎朝出来立てのパンを食べて と思うのですが、それができません。開店時間は、朝10時から。フランスのパン屋さんなんて朝6時からやっているぞ。と思うのですが、そうはいかないようです。未明2時過ぎから働いて開店はやっと10時に間に合うとか。パン屋さんて大変だ。
だからなかなか食べることができない。近くにあっても買いに行けない。
誠に残念。
パン・ド・カンパーニュ とても美味しい。大好きだ。
お店の名前は、 「あい あい」 なんて可愛らしい。
自分が休みの時は、出来立てパンを味わう。たまらない。
だからなかなか食べることができない。近くにあっても買いに行けない。
誠に残念。
パン・ド・カンパーニュ とても美味しい。大好きだ。
お店の名前は、 「あい あい」 なんて可愛らしい。
自分が休みの時は、出来立てパンを味わう。たまらない。