アメリカ 暴力の世紀 を読む ― 2018年01月16日

『アメリカ 暴力の世紀』ジョン・W・ダワー著 岩波書店刊
言わずと知られた『敗北を抱きしめて』の著者である。タイトルは、1941年に話題となった『アメリカの世紀』をもじって暴力を入れ込んだ。邦訳で、順序が多少入れ替わり、本書のタイトルとなった。
さて、先日紹介したビカート著『知らなかったぼくらの戦争』と被るところがある。ビカートはこの本で、オバマ批判をやってのけた。アメリカ大統領初の広島訪問を茶番だと言っている。なぜ長崎に行かない!と強く言う。イワクニで海兵隊に雄弁な励ましの演説をしてオスプレイに乗って広島にやってきた。岩国の時間を縮めてでも長崎に行かなかったかのか。 
疑問を投げかける。と同時にその理由を明かす。広島の原爆と長崎の原爆の違いにあることを話す。ビガートは、通訳として岩国から広島へオバマに同行した。
では、ダワーは、『暴力の世紀』で何を語るか。同じである。長崎の原爆こそが、アメリカの暴力装置そのもの。世界戦略の要としての核であった。プルトニュウム爆弾である。オバマは、「核なき世界」を提唱し世界は称賛したが、この意味は、「アメリカを除く」の但し書きがあるという。
以前このコーナーで紹介したスティーブン・ピンカー著の『暴力の人類史』を暴力減少主張派として厳しく批判する。ピンカーは、今の時代は、とりあえず「暴力」は減少し平和な時代が長らく続いているという。ただし、先進諸国と欧州諸国に限ってのことだがと、前置きはつく。しかし、ダワーもビカートもずっと戦争はあったとする側にたち批判を展開する。
『アメリカの世紀』と言われた時代は、実は、「戦争と難民の世紀」であったはず。
全世界に800もの軍事基地を持つアメリカ。こんな軍事大国は歴史上なかった。うち、120は日本国内にある。日本は、世界的に眺めれば、アメリカの前進基地といえる。その限りにおいて、北方領土は、日本に返還されることはないであろう。

お正月の南アルプス観音岳から ― 2018年01月16日

お正月、久々に山に出かけた。南アルプス鳳凰山の観音岳だ。
何回も登ったことのある山であるが、良い天気に恵まれ、幸せを満喫できた。やっぱり、山はいい。
頂上から薬師岳の向こうに富士山の全容が眺められる。この時期にしては、雪が少ない。たぶん、箱根駅伝を楽しんでいる人も雪が少ないと感じたでしょう。強風でほとんどの雪が吹き飛んでしまったようだ。幸い、鳳凰山には、その風は来ていない。