きたやまおさむ「こぶのない駱駝」 ― 2017年06月02日
精神科医北山修はたまたかつて一時代を風靡したフォークルのきたやまおさむ、詩人にして心理学者、きたやまを表現することばは数多ある。岩波書店刊の「こぶのない駱駝」は、精神科医北山修が初めてきたやまおさむとして心情を露呈した書。冒頭に精神科医は自分のことを語ってはいけないと記し、ただ「もういいかな、」といった心を表している。自死した盟友加藤和彦についても少なからず語っている。たぶん、初めて読むことができた北山修の思いであろうか。
箱根・明神が岳から富士山を見たよ ― 2017年06月07日
6月3日、明神ケ岳山頂から富士山を見ました。この季節に意外と雪が残っていました。この日、北アルプスでは、吹雪だったとか。
気候変動の流れは、身近なところでも実感可能。
気候変動の流れは、身近なところでも実感可能。
忘れ去られた人類学者 エンブリー夫妻が見た日本の村 ― 2017年06月07日
6月15日という日について ― 2017年06月15日
6月15日、かつて国会南通用門前で学生がひとり死んだ。その時国家前は大きな渦が巻いていた。何年か経ってもそのうねりは収まることがなかった。
シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れにもとめて
70年代の終わり、静かに聞こえてきた。
初めのころ、6月15日は、沖縄をめぐる戦いの節目の日でもあっただろうか。
自動延長と、返還の日は、23日だったか。
シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れにもとめて
繰り返し、繰り返し流れるこのメロディー
今年の6月15日はどんな日に思われるだろうか。
5年後、こんなことを考えることができる余裕があるのだろうか
歌詞は続く。
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため
女子学生が死んだのは57年前
70年の大きなうねりから47年
シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
と歌われてから40年
記憶にとどめる6月15日が過ぎ去った。
シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れにもとめて
70年代の終わり、静かに聞こえてきた。
初めのころ、6月15日は、沖縄をめぐる戦いの節目の日でもあっただろうか。
自動延長と、返還の日は、23日だったか。
シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れにもとめて
繰り返し、繰り返し流れるこのメロディー
今年の6月15日はどんな日に思われるだろうか。
5年後、こんなことを考えることができる余裕があるのだろうか
歌詞は続く。
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため
女子学生が死んだのは57年前
70年の大きなうねりから47年
シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
と歌われてから40年
記憶にとどめる6月15日が過ぎ去った。
谷川岳は残雪が多く美しい ― 2017年06月19日
今年の山は、どこも残雪が多いらしい。谷川岳も御多分に漏れず豊富な残雪で、山が美しい。もっとも稜線上の登山道は、雪はなく、歩くことに支障はないですが、沢登り、谷歩きは、雪が消えるまでちょっと厳しいかも。
登山は、6月17,18日に行ってきました。
登山は、6月17,18日に行ってきました。
6月23日という日 ― 2017年06月23日
6月23日という日を前に太田さんはこの世を去った。言い残し、やり残し、伝えるべきことはまだまだたくさんあったはずです。彼が琉球大学の教員というアカデミックな立ち位置から沖縄県知事へと転身した理由は彼のアカデミズムを発露としたものから必然的に描かれた構図でしょう。にもかかわらず、達成することはできなかった。それほど、この国はどうにもならない国だった。そう思わざるえはい。
加藤陽子さんの『それでも日本人は「戦争」を選んだ』そして「戦争まで」は、実に淡々と冷静に日本の歩んだ道を描いています。
今日という日に、「戦争まで」を改めて読み継ぎたい。
加藤陽子さんの『それでも日本人は「戦争」を選んだ』そして「戦争まで」は、実に淡々と冷静に日本の歩んだ道を描いています。
今日という日に、「戦争まで」を改めて読み継ぎたい。
十勝岳は、噴煙すさまじく ― 2017年06月28日
北海道十勝岳に登ってきました。山の下方は天気が悪く霧雨の中を登ったのですが、1300m付近で突然晴れ渡り、前十勝岳の噴煙すさまじく、8時を過ぎると富良野演習場(自衛隊)火力演習の爆音が鳴り響き、一瞬、山が爆発したかと思わせた。
北海道は雄大で素晴らしい。
北海道は雄大で素晴らしい。